それがどんなにちっぽけであっても

 当人にとっては大切な・・・

 大切な『夢』なのだ―――





夢を書けない夢書き〜じゃれあう君達と〜





 晩夏の候―――と言えどもまだ空には紺碧が広がり、雲は依然浮き島のような入道雲が流れている。そこに秋の気配を見いだせるものといえば、遠景に僅かに広がる鱗雲ぐらいだろうか。


 未だ夏を思わせる空の下、上田城のとある中庭の片隅では小さな小さな書道教室が開かれていた。
「・・・・・・」
 大きな赤い番傘が作る日陰の中、()は朱染めの敷物の上に正座し、筆を半紙の上で静止させたまま微動だにしない。
「――いや、いいか。こーゆうのはパッと頭に浮かんだのを書けばいいんだ。あんま深く考えると訳分かんなくなるぞ」
 はは、と苦笑いを浮かべているのは、今回の講師・前田慶次である。
 この男、フラッと此処――上田城に来たと思ったら、いきなり真田幸村と饅頭をめぐって城内でガチンコ勝負を繰り広げた。その結果、誤ってが使っている部屋を半壊状態にしたのだ。
 二人に如何始末を着けさせるかを武田信玄と猿飛佐助とで相談している最中、被害者のから出た『提案』が採用された。その『提案』こそが、現在進行形で行われているこの『書道教室』なのだ。
 生徒は――と、罰として幸村。そして意外と達筆であった事が判明した慶次が講師、という役割分担となった。


 慶次が書道するにあたってまず二人に言ったことは、
「自分の夢を書け」
 それだけだった。
 慶次曰く、

 ―――目標を綺麗に書けると凄く気分が良いんだぜ。

 とのことなのだが、結果的にこの一言がを苦しめる事になるとは、言った本人は露とも思ってはいなかった。


†・‡・†


 が最初に書いた『夢』は―――『涅槃』だった。

 それを若干誇らしげに掲げて二人に見せるが、それを見た途端、二人の笑顔から見事に血の気がサァーと引いてった。


 ――『涅槃』とは

 (仏)(梵語ニルヴァーナ・吹き消すこと、消滅の意)
 @煩悩を断じて絶対的な静寂に達した状態。仏教における理想の境地。
 A(無余涅槃の意から)仏陀または聖者の死。入寂。入滅。 

 ――以上、『広辞苑』より抜粋。


 ――――全くもって洒落にならん。

 二人は全力でその『夢』を拒否した。
 流石の超自己犠牲至上主義者(本人のみ適応)なもここまで拒否されると申し訳なくなってくる。というか、二人とも冗談抜きで泣き出しそうな顔をしていたので、は素直にこの『夢』を押し通す事を諦めた。
 しかしここでまた新たな問題が発生する。

 ―――じゃあ、我は何を書けばいいんだろう・・・・・・。

 ――そう。それ以外でが『夢』と認識出来るものが思いつかなかったのだ。
 そのお陰でかれこれ十数分間、この状態のまま時間だけが過ぎていっている。
 苦しむ少年(二人はが少女だと気付いていない)に何とか助け舟を出してやりたかったが、流石に『涅槃』は容認仕切れない。そんな、夢も希望も何もない『夢』なんて誰も認めたくはない。


 苦し紛れに、慶次は幸村の『夢』を尋ねてみた。まぁ最も、分かり切った答えだろうが・・・。
「なぁ真田幸村、あんたはどんな『夢』を書いたんだい?」
「む、某か?某は・・・」
 そう言って幸村は自分のを慶次に見せ

「某は『一日団子百本』でござる!!」

 声高らかに、俗に言う糖尿病宣言をした。
「止めたって・・・お前んとこの忍び過労死しちゃうから止めたって・・・っ!」
「か、過労?しかも何故佐助が・・・?」
 思わず佐助を襲うだろうその不憫極まりない事態を想像して、慶次は涙を禁じ得なかった。
 二人ともある意味すごく真剣なのだが、残念な事に客観視からではただのじゃれあいにしか見えない。そしてはこうした『じゃれあい』を眺める事を『趣味』にまで昇華させてたりする。
 ふわふわと満足そうに笑いながらふと、がはっと何かを思い付いた。
 再び墨を硯の中でこすり溶かし始め、続いて筆の穂先を整えながら墨を付けると、筆は半紙の上を躊躇い無く舞い滑る。
「―――・・・・・・出来た」
 カタ、 と小さな音と共に、半紙上の円舞は幕引きとなった。


「「――え、書けたのか?」」
 ――またそれと同時に二人の『じゃれあい』も終わった。
「どれど・・・・・・は?」
「慶次殿?如何・・・・・・むう??」
 まず初めに、すぐさまその内容を確認した慶次が固まった。
 続いて見た幸村は内容を如何解釈すればよいのか分からず、軽い混乱状態に陥っていた。
 問題のその内容はというと・・・・・・

『じゃれあい』

 ――ただ、その一言だけだった。

 は一人満足げに『自分の夢』が書かれた半紙を手に持って眺める。
 前髪の隙間から覗く、普段は見る事が出来ない真紅の瞳は穏やかな太陽光を浴び、まさに夢見る少女のような淡い期待と羨望とが入り混じったかのような色に染め上げられていた。
 彼女にとって『じゃれあい』とは、ある種の『夢幻』の現象化した形といえた。
 遊びたい盛りの年頃であるこの時期。同年代の子供らと遊ぶ機会がなかった事や、自らの存在に対する重度のコンプレックスと劣等感からそれを拒んでいた事から、慶次と幸村の『じゃれあい』はコンプレックスと劣等感の塊であるにとって、まさに『夢幻』なのだった。


「・・・慶次、幸」
 は『自分の夢』を一旦元の場所に戻し、後ろで彼女の『夢』を如何解釈してよいのやらと相談している青年らの方に体を向ける。
「・・・ん?何だ?」
 の呼び掛けに代表として慶次が答えると・・・・・・

「我・・・・・・頑張る」

 瞼を閉じ、ただの子供のように笑ってみせた。
 その笑顔を見て、先程まで解釈どうのこうのと悩んでいたのが馬鹿らしく思えたのか、二人はお互いの顔を向かい合わせると―――次の瞬間には笑っての頭を撫でていた。

 何時の日か、この微笑みが自分達の目の前にいる童にとっての『常』となるよう願って・・・・・・―――







[反省会]

 
ども。万年更新不定期な理です。
そして久々の短編。
 
番外編というよりIFストーリー?に近い気が・・・・・・。

そして時節が何故秋なのか。 
それはこのネタが出来たのが去年(08年)の秋だったから・・・・・・(遠い眼。


お題:『WTD』様より