鬼は麗人を知らず また麗人も鬼を知らない

 鬼は『蔑み』と『軽蔑』の象徴
 
 麗人は『気品』と『畏怖』の象徴

 相反する筈の彼等が出会うことになろうとは

 お互い 知る筈も無かった・・・・





第四幕・似通う者達〜翁の心中〜





 ――時は、神楽乃が失踪するその前日の尸魂界へと遡る。



 ――護艇十三隊一番隊執務室――

「――――六番隊隊長・朽木白哉、参りました」
「おぉ、すまぬな朽木。急に呼び出してしもうて・・・・」
「いえ、お気になさらず」
 この執務室の主である老人――山田源柳斎重国は、先程部下の一人に命じて呼び出した朽木白哉を招き入れる。が、招いた本人は何処か・・・・バツが悪そうな表情をしていた。
 この老人――護艇十三隊総隊長・山田源柳斎重国は、一言で言えば威厳の塊のような人物である。
 何事にも動じず、冷静に物事を判断し対処する。世界の秩序を守るという使命に並々ならぬ正義感と責任を持つ。
 しかし今、その彼は『迷い』を持っている。
 一体何に彼が迷っているのかなぞ、白哉には皆目見当もつかない。
 がしかし、それが彼にとって重要な事柄であると理解出来るほどその戸惑いは珍しいものだった。

「如何されましたか・・・?」
「・・・うむ・・・・朽木や」


「・・・・御主は・・・『神楽乃ノ鬼』を、知っておるか?」


 重く開かれた老人の口からは、そんな単語が漏れ出た。
 『神楽乃ノ鬼』――『蒼緑(そうりょく)』と呼ばれる祖を持つ純血一族・神楽乃家。そのの・lt;script language="JavaScript"> リに、何世紀かに一人の確率で生まれるという人の姿形をした『怪物』。――という認識しか白哉は持っていなかった。元々、『蒼緑』や神楽乃家が一体如何いう者達かはもちろん、その存在の有無すら知らない者の方が多い。四大貴族――朽木家当主である白哉でさえ、彼等の事に関して詳しい詳細を知っている訳では無いのだ。彼等について知っている事といえば、死神が尸魂界から世界の秩序を守るのと同じく、彼等は現世から世界の秩序を守る事を生業としている事ぐらいだろう。その彼等の歴史は有史以前より続いているそうで、国家というモノが成る以前の太古から絶対的な権力等を持ち続けているという話である。言うなれば、彼等こそが国の真の『統治者』なのだ。
 『鬼』などと大層な名前ではあるが、所詮は人間の子供。人間の域から少々逸脱しているといった程度の存在なのだろう。白哉はそう思っていた。
 ――が、源柳斎のこの只ならぬ様子から見て、悩みの種はおそらくその『鬼』に関わる事なのだと察する。
「その『鬼』はのぅ・・・・・とてもとても優しい娘なのじゃ」
「・・・・?・・・・」

 ―――鬼が――優しい?

 思わず白哉は目を丸くしてしまった。
 源柳斎の言う『鬼』は、白哉の思い描く『鬼』とは全く違うモノのようだ。いや・・・・この場合、源柳斎の言う『鬼』と、世間一般の『鬼』というモノの定義が全く違うのだろう。
「あの子が『鬼椿』の二つ名を冠したあの日――あの『冠名の儀(かんなのぎ)』から、あの子が生きる世界が変わってしもうた」
「・・・・・・」
「木に登ったは良いが、一人で降りれのうなって泣きじゃくるような気の弱い娘が一体如何すれば『鬼』などと忌み嫌われなければならぬのか・・・・儂には理解出来ん」
 悔しそうに、険しい表情で歯をギリギリと食いしばる源柳斎。合わせ組んでいる皺だらけの手は、力が込められた指が甲の皮膚に食い込み赤みが差している。
 白哉にとっては自分自身に憤る源柳斎の姿は初めて見る光景であり、しかも、只々見ている事しか出来なかった。



「・・・・・のう、朽木・・・・・」
 一体何回目かも分からない呼び方で、しかし声だけは次第に重く、力強くなっていた。
「はい」


「あの子を――――神楽乃を・・・・救ってやってはくれまいか?」


 これもまた、初めての事だった。
 あの山田源柳斎重国が、他人対して私情を大きく含んだ頼み事をするのは。
 だがその事に驚くよりも、白哉は『鬼』と呼ばれる娘に若干ながら興味を見出していた。

 何故源柳斎は、鬼と呼ばれる娘を救ってほしいと自分に願ったのだろう。
 何故源柳斎は、このような苦悶しているのだろう。
 自責の念なのだろうか?
 ――――いや、それよりも・・・・


 この目の前の老人に、”そこまで思い詰めさせる娘”とは・・・・一体何なのだろう?


 幾つもの疑問が浮かんでは蓄積されていく。どれ程処理しようと疑問の嵐は収まらず、白哉の思考回路はすでに停止寸前だった。
 白哉は暫時押し黙ったが(整理がつかなかっただけ)、最後には源柳斎の頼み事を承諾した。
 白哉の回答に、源柳斎は小さく胸を撫で下ろす。
 それは全く以って、普段のこの老人らしくない姿だった。

「何故そうまでして、その娘に拘るのですか?」

 何時の間にか、内心で思っていた疑問の一つが口から漏れていた。
 源柳斎はもちろん、口走った本人でさえ驚く事だった。けれどすぐに、源柳斎は何時もより幾分か柔らかい表情で「ふぉっ、ふぉっ、ふぉ」と、老人らしい軽快な笑い声を零す。
「あの子の祖父は儂の親友での。あの子の事は赤子の頃から知っておる。それ故、自分の孫のように見えて仕方が無いのじゃよ」
「・・・・・」
「だからこそ、儂はあの子が如何いった子なのかも知っておる。あの子は誠の鬼ではない。もし誠の鬼ならば、自分の存在の在り様に苦しむ事なぞせんからのぅ・・・・」
 静かにそう語る老人の顔は、懐古と憂いの色をしていた。その伏せられた瞳には『鬼』が映っているのだろうと、なんとなく白哉は思った。
「・・・・具体的に如何しろと・・・?」
 ―――何故私はこんな事を尋ねる?そう思った時には、もうそれを口にしてから二秒ほど経っていた。
「繋がりを持ってくれさえすれば良い。どんなに小さい事でも構わぬ」

 『鬼』の娘との『繋がり』――――。

 それこそが、源柳斎が白哉に求める只一つのこと。それ以上は望まない、と老人は付け足して言った。
 簡単過ぎる、と白哉は内心思った。これならば隊長格である白哉でなくとも出来る筈である。寧ろ上級階級の彼よりも、平の死神の方が人選的に正解だろう。隊をまとめる者が居なければ、その隊の能力値は激減する。つまり、任務に支障を来たす可能性が高いのだ。たった一人の娘を救うのに、これほどのリスクを背負う義理は白哉には無い。
 しかし、そんな明白な断る理由があるにも関わらず、白哉は源柳斎の頼み事を断る気になれなかった。
 だからこそ、たった一つだけ・・・彼は最後に訊きたくなった。


「何故、私なのですか?」


 そう、何故”自分”が選ばれたのか。
 それこそ白哉が最も知りたかった謎だった。
 白哉のその問いに源柳斎は、長く蓄えた白髭を弄りながら苦笑を漏らす。
「御主はな・・・・”似ておる”のじゃよ」
「・・・は?・・・」
「一体何処がと訊かれて答えられる訳では無いが、儂には似ているように見えるんじゃ」


 ――その会話が、白哉とが出会う事になる会談の、前日の出来事である。





採譜

[反省会]

 何となく似た者同士な兄様とお姉ちゃん。
 ここでの『似ている』というのは性格とか行動パターンとか、そういう内面的な所です。