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いざ行かん いざ行かん かわいい かわいい 幼い咎負いの為に――― 其の十三・軍神の真心〜虎の若子の決意〜 春日山・春日山城――― 「――では、いってまいります。しろはかげとらとかげかつに、いおりはかすがにまかせます」 よいですね? ――上杉謙信は馬上から、自分の出立を見送る者達に告げた。 見送り衆の中に、彼が名を挙げた者は一人としていない。それは、すでに任された命を忠実にこなしている――揺るぎない証。 主の周囲に集う者達もそれが分かっているのだろう。余計な言葉は一切発さず、それぞれがただただ力強く首を縦に振った。 家臣達のその姿勢に満足した謙信は、心穏やかとばかりに、その麗貌に優美な華を咲かせた。 そして――彼は行く。 未だ想いを果たせず、終わりの見えない後悔の日々を送る母の為に。 ――『咎負い』という役割を背負わねばならなかった、幼い妹の為に――― †・‡・† 上田城・本丸中庭――― 上杉謙信からの書状が届いてから五日目の本日。 真田幸村の鬱状態も快復し、毛利元就の薄ら寒い怨念染みた執念も何とか落ち着かせ、少しは穏やかになっ――― 「うぉりゃぁあああああっ!!」 「――甘いわぁあッ!!」 ――てなかった上田城。 殴り合いがあるのは何時もの事ではあるが……しばらくは、この喧騒はどうにも収まりそうもない。 この五日間。 幸村と武田信玄は、食事や睡眠、政務といった必要不可欠な諸事を除いた時間のほとんどを殴り合いにつぎ込んでいた。 ある時は幸村が信玄の室に突撃し、 またある時は食膳が片付けられた瞬間に幸村が信玄に突撃し、 またある時は訓練にかこつけて幸村が信玄に突撃した。 この殴り合いが本日だけで何回目になるのか――数える方が馬鹿らしくなってくるというもの。周囲は主人達を蚊帳の外に、せっせっと自身の職務に邁進している。構っているだけ無駄なのだ。 そもそも、信玄が上田城に居座りすぎているのが原因のような気もするが――まぁ、同盟締結の調整の最中では、此方の方が地理的にも都合がいいので仕方がない。 そんな、若干度を超えた日常を縁側で眺めている男が二人。 一人はうんざりといった表情で寝そべる、迷彩の衣装を纏う男。 もう一人は険しい表情で正座している深緑の着物を着た男。手には何故かハタキ――もとい采幣を持っているので、ある意味迷彩並みの奇抜さである。 「うっさいなぁー、もー。いい加減にしろっての」 「……何時もこのように騒がしいのか? この者達は」 柳眉をひそめて問い掛ける緑の麗人に、そーだよー、と面倒くさそうに答える迷彩の男――もとい猿飛佐助。目の前でバカスカ殴り合っている青年、幸村に仕える忍びである。 その声に、麗人――毛利元就は苛立ちを隠しもせずに舌打ちを響かせる。 「家臣が家臣なら主人も主人か。何時まであんな事やらせているのだ。さっさと収めんか、目障りこの上ない」 「簡単に言ってくれちゃってまー。出来るモンならしてるって。―――でもさぁー……」 チラッと、佐助が胡乱な瞳で虎の師弟の愛情表現へと視線を投げつつ、親指で彼らを指し示す。 そして一言。 「―――聞くと思う?俺様のお願い」 「……聞かんだろうな。誰であろうと」 でしょ? と不満を吐き出すと同時に、忍びは投げ出していた脚を振り子のように動かし、その反動で上体を弾ませたように起こした。 軽やかで無駄のない動きに反し、その表現は健やかではない。むしろ疲れきっていた。 冷血、冷酷が意味売りである日輪の申し子も、流石に同情を禁じ得なかった。 「……我が軍門に下るというなら、考えてやらんでもないぞ?」 「…………アンタに気ぃ遣われる俺様って……」 元就の勧誘を聞き、更に暗雲立ち込め落ち込む忍び。 最早何を言っても仕方ないようだ。 元就が佐助を励ますのを諦めた――別に彼はそんな風に考えてはいなかっただろうが――のとほぼ同時。 元就達にあてがわれた客間の方から、眼帯をかけた鬼と竜、そして竜の従者の三人が彼らの下へと近付いてきた。 「ぁあ? アイツ等まだやってたのかよ」 「Unbelievable……今何時だと思ってやがんだ? ――コラァア! 真田幸村ァ!」 登場早々ではあるが、殴り合ってる大名と武将のはずの人物にツッコミを入れざるを得なかった長曽我部元親と伊達政宗。 しかも政宗にいたっては――何と、二人の間に割って入って強引に止めるつもりらしい。一人中庭に降り立ち、刀の鞘を握りしめて二人に近寄るその姿は――まさに武勇の誉れ、独眼竜の名に恥じぬ勇ましさである。 ……やろうとしている事はなんともアホらしいが。 「やれやれ……仕方がない。――オイ、忍び」 主人の雄姿を後方で眺めていた竜の右目と呼ばれる従者は、仕方無しにと、赤の従者へと向き合った。 「んー、何? 右眼の旦那。面倒くさい事なら今は遠慮したいんだけど」 「何腑抜けた事言ってやがる。こっちは奥州に戻って同盟約定纏めてとんぼ返りしてやったんだぞ」 竜の右眼――片倉小十郎が呆れたように答えると、佐助はきょとんとした顔で彼を見上げた。 「――アレ? あんだけ難色示してたのに早くない? 良く纏まったもんだ」 佐助は以前、幸村に『あとはが同意するだけ』と伝えていたのだが――正直、それは武田勢のみでの話だった。 伊達側も政宗と小十郎、今回の遠征に参加していた武将の大半は同盟に賛成していた。しかしそれは、()がどういった存在で、どれほど有能かを認識していたからだ。 その事前情報がない状況で、『幼子が仲介する同盟』なんぞ組んでしまったら、ただの冗談のキツい笑い話にしかならない。 そして青葉城を守る伊達家の立役者達は愚かでも、ましてや預言者でもない。 別に侮辱するわけではないが、彼らは優れた人間なのだ。良い意味でも、悪い意味でも。 遠く離れた場所から『理解しろ』と書状を貰ったところで、理解出来る方が可笑しい。 「我等が筆頭は人望が厚いからな。何より相手を丸め込むのが上手い」 「うわぁ〜、そりゃあ頼もしいこって」 「……ところで」 「ん?」 小十郎は佐助の隣に腰を下ろすと、不思議そうに、政宗に邪魔されて噛み付いている幸村へと視線を向けた。 「何故真田幸村は、あーして毎日毎日懲りずに信玄公に突っかかってんだ?」 「――ああ、アレ?」 小十郎の疑問に、佐助は苦笑いで答えた。 「何時もならただの殴り合いなんだけど……今回のは大将ぶっ飛ばして、に会わせてもらえるよう上杉にお願いしてもらうんだってさ」 とてもとても、穏やかに穏やかに。 †・‡・† 「――あいかわらず、とてもにぎやかなのですね」 不意に――涼風のような声が中庭を駆け抜けた。 誰もが驚き、声のした方へと振り向くと―― 「!? な、何故、上杉殿が此処に!?」 そこには、 彼らが探し求める『咎負い』を隠したと思しき麗人――上杉謙信その人が、何故か堂々と立っていたからだ。 「おお、随分早かったな。謙信」 信玄の快活とした笑い声だけが謙信を出迎える。 信玄以外、驚愕の表情を向ける面々を軽く見渡すと、謙信はにこりと微笑んだ。 「なぜ、といわれても……こちらのじゅんびができたから、こうしてむかえにきたのではないですか」 「???」 幸村が首を傾げる。 「ですから、あの『とがおい』をかいほうするじゅんびができたのですよ」 「ほ、本当でございますか!」 「ええ」 幸村の追及に、謙信はまたにこりと微笑んだ。 しかしその直後――ですが、と謙信は言葉を繋げる。 「そのためには……ぐれんのおに、あなたのきょうりょくがひつようなのです」 「――某、が?」 意味深な謙信の言葉に、幸村はゴクリと唾を飲み込んだ。戦の時とはまた違う緊張感が幸村を襲う。 戦における幸村の立ち位置は、将棋でいえば『飛車』や『角』、『香車』であって、決して『王将』などではない。騎馬隊の指揮を執る事もあるが、その殆どは主君である信玄の策略の代行だ。幸村はただ、忠実に事あたればそれで良かったのだ。 だが――今回は違う。 主君である信玄が。 腹心の部下である佐助が。 ――いや、この場所に集った武勇、知略に優れた誉れ高い武将達が――幸村に感心を寄せていた。 お前にあの幼子を――救えるのかと。 凄まじい圧迫感に声を無くし、二槍を握り締めたまま、赤い青年はその場に立ち尽くしていた。 ――頭が真っ白になっていた。 ――自分が、あの『咎負い』の幼子を救える自信がなかった。 彼が立ち尽くす結果となった理由は様々だが、その中でも一際大きな理由。 いや――もしかしたら、多くの理由はそこから派生したのかもしれない。 ―――を……迎えに行ける……! それぐらい、幸村は静かに燃え上がっていた。 不意に、謙信が幸村の右手に触れた。すくい上げるように優しく持ち上げられた青年の右手は、謙信によって槍を解き放たれる。そして――― 「上杉殿、……これは?」 放たれた槍の代わりに、その手に収まったのは…… 「みてのとおりてすよ」 「……団子の……串?」 戸惑い勝ちに答える幸村に、さも当然とばかりに謙信は頷いた。 それは幸村が言うように、団子を刺すための竹串だった。しかも何故か、それは等間隔で小さく折られている。繋ぎ合わせれば……大体二本分くらいだろうか。 幸村が首を傾げる。 「なんでこんなものが……」 「めずらしいつくりのまもりぶくろに、それがかみにつつまれてはいっていました。ずいぶん、うれしかったのですね」 「?」 「あなたと……かんみをたべたことが」 まるで聖者のように微笑む麗人が紡いだ言葉に、幸村は息を呑んだ。 そして―――改めて胸に刻んだ。 ―――俺は……の味方だ……! もう二度と、あの幼子を見失わないと。 その日の夕刻。 信玄を除く一行は支度を整え終えると、急ぎ春日山を目指した。 一刻も早く『咎負い』と――あの幼子に再会するために――― |