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むかし むかし あるところに女の子が居ました 女の子は そこに『居た』だけでした そして…… 女の子は 隻眼の神父に出逢いました―――― Out side story from Black 00 _ Boy meet Gril 1 2010年――東日本・某県某所山間部。 むせ返るほど濃い緑色を湛える森。その森の海中を、真っ黒な人影が藪をかき分け、荒れ放題の獣道を突き進んでいた。 真っ黒な人影の正体は――青年。 白人である事は間違いなかったが、その顔立ちにはどこか東欧人のような中庸さを感じる。 所々揃っていない灰色の髪。金粉を吹き付けられたような、不思議な色合いの紫色の瞳。 左目は黒い眼帯によって覆われており、それだけで人に不安の色を与えそうなものなのだが――青年のそれなりに整った顔立ちが眼帯をただの『ミステリアスな魅力』へと昇華させていた。 青年は真っ黒な神父服に身を包み、複数の言語が刺繍された帯のような呪布を二つ、それぞれ前と背中に流れるように首から掛けている。その布陰からは十字架が鈍色の光を覗かせていた。 その姿はまさに神父なのだが、袖から覗く手爪の黒いマニュキアのお陰で、いまいちありがたみに欠けていた。 聖人のように見え、ただの罪人にも見える。 ――そんな、どこか矛盾した風体の青年だった。 「―――全く」 青年神父が、その形のよい唇を優雅に動かすと、 「どうしようもなくタチの悪いこの処遇。どうしテやりましょうかネあの腹黒馬鹿狸」 イッソの事呪ってやりましょうカ?と途轍もない殺気を伴った愚痴を零した。 青年はその端整な顔が歪んでいる事も気がつかないといった様子で、周囲に不愉快オーラを撒き散らしながら歩いていく。 「ソモソモ、ワタシにこの手の作業は向いていないのデス。何故分かりませんかネあの狸は……」 青年はブツブツと、相変わらず根城で主と共に優雅にアフタヌーン・ティーでも楽しんでるであろう男への日々の愚痴を吐きつつ、身体は実に従順に仕事をこなそうとしていた。 そんなに文句があるのなら抗議するなりボイコットすればいいだろうに…――青年は性分上、一度やり始めた事を投げ出すことが出来ない性質の人間だった。それは義理深いと言えるし、損な性格だとも言える。今回は確実に後者だろう。 それはともかく…こんな所に居たのでは呪殺も何もできないので、青年はさっさと自分の根城に戻るべく仕事をこなすしかなかった。 †・‡・† 「―――此処ですカ」 青年がやっとの事で森を抜けると、ある程度開けた場所の中心部に巨大な湖があった。それは直径5kmは軽く超すほどの大きさの、”不自然”な湖だった。 その湖が円形なのは別に不自然でも何でもないのだが――それはあまりにも”精密”過ぎていた。 まるで、天から巨大な円柱でも落ちてきて形を成したかと思えるほど、湖の縁は崩れ一つない、鏡面のような断面を持っているのだ。 しかもその湖は青く澄んでいるのに、水生の生物の姿は影一つとして見あたらない。 ”生命”と呼べるものが…全くと言っていいほど感じられないのだ。 湖の底を覗くように、青年は湖の縁に片膝をつける。 「――成程。コレが今回回収するものデスカ」 ―――しかし。 何故か納得したように、そして呆れたように、青年は右手を口元にあてた。 「エグイ事をしますネ、 ――集落丸々一つを水没させるとは」 まさに、『神をも恐れヌ所業』というヤツデスか、と青年がクスクスと嗤った。そして『気味が悪い』とでも言うように、青年は湖底の光景を睨みつける。 まるで――この光景を生みだした禍根に、『神殺しの槍』でも突き刺すかのように・・・・・・。 湖の観察を終えると、青年は首に掛けていた呪布の一つを手に取り、それを引きずりながら湖周を歩きだした。その速度は非常にゆったりとしており、引きずる呪布からはスス…ッ、スススッ、と地面と擦れる小さな音がする。青年が湖を一周し終わったのは、それから10分ほど経った頃だった。 青年は呪布を引きずって作った跡を消さないように跡の真横に避け、ふわっと、今まで引きずっていた呪布を箒で掃くように横に薙ぐ。すると、ぴたりと跡と跡とが繋がり、湖を覆う一つの巨大な輪を作り上げた。 「サテ、下準備はこれぐらいデ良いでしょう」 何かのスイッチを切り替えるかのように一言呟いてから、青年は首から下げていた鈍色の十字架を外す。外した十字架から数十センチのところの紐部分を掴み、十字架の下先端がほんの少し水面に触れる程度の位置に固定した。 「―――”迷える子羊よ、私の声届かぬ者よ。さあ声を上げて祈りなさい。私にその存在を示しなさい”―――」 まるで歌でも唄うかのように紡がれた青年の言葉に合わせ、十字架と水面とが触れている一点から、波紋が十重二十重と広がっていく。 『―――……"世界"…壊れた……―――』 不意に、青年の頭の中を『それ』は駆け抜けた。 「――『ただの生き残り』……というわけデハなさそうデスネ」 『それ』は――『無』だった。 純然たる、原初の『無』に他ならなかった。 だからこそ、『それ』は何の意味も持たず、存在を持たない。ただひたすらにそこに在る『だけ』のモノ。 だから『それ』は、青年の問いかけに答えたわけではない。……ただ、鏡が無条件に光を反射するが如く機械的にその動作を――行動をとっただけの事だった。 青年は黒衣とインナーを脱ぎ棄て、上半身裸の状態で湖に飛び込んだ。ずぶん、という音を立てて、湖が青年を飲み込む。 水は――『死』一色に染まっていた。 元は家屋を支える柱だったであろう残骸。この時代にしては珍しい、生活感を感じさせる使い古された道具たち。家畜や――人の死骸……。 それ以外を見つける事の方が絶望的なまでに、完璧な『死』色の水中だった。 ―――ん?あれは――― そんな死色の水中散策の中。 たった一つだけ、まだ死んでいない『それ』があった。 ―――『それ』は、水の膜に包まれた子供だった。 外見からは生きているのか判断はできない。寧ろ――『生きている』と推測することの方がおかしい現状だ。 だが青年には、『それ』が生きているという確信があった。 青年が『それ』に触れると、水の膜は表層に薄っすらと波紋をひとつふたつ広げ、気泡が上るように消えてしまった。 残ったのは『それ』の本体とおぼしき……薄汚れた着物を纏う、赤黒い毛で覆われた獣耳と尻尾を持った子供だった。 |