誰かに・・・名を呼ばれた・・・

 雪様だろうか?

 駄目だ・・・・・・上手く聞き取れない


 『キシ』と――

『木に宿った子』と・・・そう呼ばれた気がした

 己をそう呼んだのは・・・一体誰だったか・・・

 雪様だろうか?

 それとも―――





其の十・まどろみの洞の中〜最初の名前〜





「―――おにんぎょさんみたいだ」

 無音の部屋に、幼子の呟きが行き渡る。


 )が眠りについてから四日目の昼下がり。彼女の看病は朱雀から青龍へ――そして現在は上田城に着いたばかりのいつきに任されている。
 看病と言ってもはただ眠りについているだけなので、その様子を見守るくらいしかできないのだが・・・・・・。

 よく出来た人形のように深く寝入っているを暫く見ていたいつきは、本当に生きているのか心配になり、そっと少女の口元に耳を近づける。

 すー・・・・・・、すー・・・・・

 か細いが、確かに呼吸をしている。その命の音を聞いて初めていつきは、自分の役割を正しく認識できた。やはりこれは『看病』なのだと。
 とは言うものの、やはりまともな食事などしていないので(寝込んで二日目の夜中に一度目が覚めたのだという)その頬は若干窶れており、生気をあまり感じられない。

「――なあ、おめぇは・・・・・・どーして起きねぇんだべ」
 語りかけても返事はない。
 当然だ、彼女はまだ眠っているのだから。

 言葉は――届いてはいない。

「何かあったんだ?みんな心配してっべ?」
 そんな事はお構いなしとでも豪語するように、いつきはに語りかける事を止めなかった。
 ――何となく、止めてはいけないと思ったから。
 それでも、言葉は届いてはいない――――

「――せ―・・・・・・―――さ、ま――?」

 ――そう・・・・・・思っていた。


†・‡・†


「――――皆さん、初めまして・・・・・・青龍です」
 何ともヤル気のない声であまりに寂しすぎる自己紹介するのは――何を隠そう、と一番付き合いの長い四聖獣・青龍である。
 青龍――そう名乗った青年の容姿は、他の守護聖獣等と同じくとても奇抜な風体であった。
 澄んだ海水のように蒼い髪。水晶のように透き通った――殆ど色素のない薄水色の瞳。その身を包む衣服は白虎同様大陸風の物に違いないが比較的軽装で、彼ほど大陸独特の力強さは微塵も感じられない。

「――――朱雀」
 とても澄んだ声だった。その良く通る声はのものとよく似ている。彼女の声から幼さを全て取り除けば、おそらくこんな声になるのだろう。
「ん?如何かした?」

「――――何話せばいいんだっけ?・・・・・・」

 ―――ダメだコイツ。
 そんな単語が室内に集まっていた全員の脳裏に過ぎった。
 あまりにもマイペース過ぎである。
「だから、主様のことを話せばいいの。分かる?聞こえた?返事は?」
「ああ・・・・・・そう言えばそうだったね。うん。分かった。流石年長――」
 『年長者』と言いかけたところで、青龍は身体を硬直させる。なぜならその視線の先には朱雀が笑顔のまま、背後に不動明王よろしく並の業火を背負っていたのだから。   
 流石に超マイペースな青龍でも、これはマズイと悟った。何時の時代も女性(元来肉体という概念を持たない彼等にとってこの表現はあまり適切ではない)に対する年齢の話題は禁句なのだ。

「――――僕がに出逢ったのは・・・・・・森の中だったなぁ・・・・・・」
 珍しく空気を読んだ青龍は、真面目なのか、はたまはただぼうっとしているだけのか、判別付け難い表情で語りだした。
「その頃は都市守護の縛りも無くなってて・・・・・・色んな所をふらふら歩いてた。目的なんてなくて、ただ、ふらふらふらふら・・・」
 一体何時の頃の話をしているのか。人間側代表等は見当もつかなかったが、とりあえずはこの男が当事者なのは事実で。批評など出来るはずも無く、仕方なしにと静かに四人は聞き耳を立てる。
「――そしたら、京の近くだったかな・・・・・・森の中から子供の寝息が聞こえてきたんだ」
「は?」
 明らかに脱線したような話の脈絡の無さに、幸村はすっとんきょんな声を上げる。が、すぐに居住まいを正して黙った。

「何となくその森の中に入ったら・・・すっごく大きな木の洞の中に、子供が寝てたんだ」

「それが――だった」


†・‡・†


 ―――おかしいな。何で・・・・・・こんな所に子供が・・・・・・?
 素直に驚きながら、青龍は子供の方に近付いていく。

 四、五歳頃だろうか。本当に幼い子供だった。
 薄手の白衣を着ただけの子供は、特徴とも言える藍紫の髪を洞の中に入り込んだそよ風に弄ばせながら、まるで胎児のように背を丸めて眠り込んでいる。
 今の季節は晩秋だ。寒くはないのだろうか。
 そう思った青龍は、とても自然な動作で洞の中に自らの腕を突っ込む。
 洞の中は春の日差しの中のように暖かかった。確かにこの洞の中でなら、今の子供の格好でも十分快適に過ごせるだろう。洞の中の気温にも驚いたが、それ以上に青龍が驚いたのは、その洞の広さだ。洞は貴族の屋敷の寝室と同じほどの大きさもあった。
「――まるで・・・・・・小さなお家だね・・・」
 これ程昼寝に快適そうな家ならば自分も欲しい、とこれまた素直に羨ましがる。
 そんな時だった――――

「――おや、今日は友達が来ているのかい。キシ」

 ――――人間が話しかけてきたのは。

 彼の言う『キシ』とはこの子供の名なのだろうか。とても気になった。
 ―――が、今はそんな場合ではない。

 青龍は―――人ではないのだ。

 『聖獣』――神や仏と同列、もしくはそれらに最も近い位階にある存在だ。彼が人間に知覚できる存在で『あろう』としない限り、只の人になど認識できるものではないのだ。
 当然、青龍は目の前の男に対して身構える。

 もう――――囚われるのはこりごりだった。

「・・・・・・僕が、見えるの?陰陽師?それとも神主?」
「ははは・・・そんな大層な輩ではないさ。目を悪くした、ただの隠居だ」
 隠居、と言われる年齢より随分若いその男は、真っ直ぐ青龍を見据えた。
 確かに少し、瞳が暗かった。
「ああ・・・・・それで他が敏感なのか・・・。・・・納得」
「そうか、それは良かった。――ところで、君は誰かな?キシの友達なのかい?」
「――青龍・・・・・・って言って分かる?友達・・・・・・ではないかな、今日初めて見たもの・・・・・・」
 青龍の自己紹介に若干目を見開くが、男の顔はすぐに穏やかなものになる。
「そうか・・・都の龍か。これはまた、随分な大物と出会ってしまったものだ」
「もう『都の』じゃないよ。・・・・・・『信仰』という名の縛りは取れたからね・・・・・・」

 そう――都建設の際、怨霊魍魎の災厄から帝(貴族も含む)を守る為、時の朝廷は四方の方角にそれぞれ『神』を置いたのだ。
 置かれた『神』は、天の四方の方角を司る『四霊』。『四獣』とも、『四象』とも言う、大陸伝来の神である。
 ――とは言うが、実際、大陸のそれがこの青龍なわけではない。全くの別物だ。
 彼を祭った人々が、『これは都の東方を守る青龍だ』と長い年月をかけて信仰し続けた結果である。そのお陰で、青龍は『青龍でなかった頃』の自分をすっかり忘れてしまった。
 おそらく、他の『四霊』に祭り上げられたモノ達も同じなのだろう。一度も見た事の無い、自分と同じ境遇のモノ達の事を何となく青龍はそう思った。

「不服かな?」
「いや、全然」
 ならいいじゃないか、と男は笑って言った。童顔とはほど遠い、強面の男が笑う姿は何とも珍妙で歪であったが、青龍はそれを不快には思わなかった。
「でも・・・する事がないんだ」
「何かしたいのかい?」
「・・・・・・良く分からない・・・・・・」

「なら・・・・・・キシの友達でもしないか?」

 一瞬、男が何を言っているのか、青龍には分からなかった。
「・・・・・・何で?」
「君は暇なのだろう?」
 だが、と男は言葉を続ける。

「私はそうじゃない」

「私は――明日にでも、自分でこの命を絶とうと思うのだ」

 一瞬、青龍には男の言っている事の意味が分からなかった。
 言葉を頭で反芻し、しっかりと自分の考えでその意味を噛み砕いて租借する。
 随分と、時間が掛かった気がした。
「この世に呆れでもしたの?どうせ・・・・・・人間なんて四、五十の命なんだから、別に早める必要なんて無いんじゃない?」
 何となく思いとどまらせるだろう言葉だけを選んで口にする。
 別に青龍には、この目の前の男が自害しようが暗殺されようが関係ないのだが―――

 何となく、もう少しこの男と話したくなった。


「いや、私はこの世を憂いて逝くのではないよ」
「??じゃあ何で?」
 男は穏やかな表情のまま、本当に不思議そうな顔をしている青龍の真横につく。そしてゆっくりと膝を折って、洞の中の幼子の髪を優しく撫でた。
「この子の――キシの為さ」
「この子の?」

「ああ。キシはね―――『とがおい』なんだよ。『咎』を『負う』と書いて『咎負い』」

「―――『咎負い』?『咎』を『生む』と書く『咎生い』じゃなく?」
 青龍はまた、先程とは違う意味で不思議そうな顔をした。

 『とがおい』と言えば、普通は『咎生い』と書く。少数派だが『罰生い』とも呼ばれる。全ての咎の生みの親。全ての罰の生みの親。『咎生い』が居るから罪は存在し、またその罪を贖う為に咎や罰が必要になる。不健康な原因と処理の循環の始まり。――それが『咎生い』という存在の全てだった。

「それは違う。キシはまさしく正統派の神聖だよ。『咎負い』は文字通り『背負う』のだ。罪や罰、そして咎をね」
「背負ってどうするの」
「『この世』にとって人が生み出した罪は毒みたいなものだ。人が作りだした最初の毒だと思っているよ、私は。元々『この世』の主観に『罪』なんていう概念はない筈からね。無いものは如何やったって対処出来ない。だから、それを純粋なモノにして『この世』に還す必要がある」
「『この世』自身、自己処理は出来ないの?」
「ああ、残念ながら出来ない。『この世』とは『存在するモノを存在させる』モノだ。例えば人が『これは罪だ。罪と言うモノだ』とその存在を肯定してしまえば、『この世』に『罪』という存在を消す事は出来ないよ。なんせ、そんな都合の良い機能は備わってなかったのだからね。―――だから、『この世』にはその役割を持った誰かが必要だった」
 青龍の顔からは何時ものヤル気の無さが消え、普段滅多に見られない真剣な表情となっていた。

 ―――この男の考察は素晴らしい。今まで思いつきもしなかった。

 青龍はただただ、このたった三、四十年ほどしか生きていない人間の言葉に非常に感銘を受けた。
 どんどん、青龍は男の話にのめり込んでゆく。

「『咎負い』という存在は、その瞬間生まれたのだよ。『この世』が出来る唯一の対処法だ」
「だけど・・・・・・そうなると『咎負い』の役目は・・・・・・循環器」
「ああ、そうだ。循環器だ。『この世』が正常に機能し続ける為には、如何しても『罪』という不可解なものを処理しなくちゃならない。でなければ上手く機能出来ない」 
 分かってもらえたかな?と男は幼子――キシを抱き上げて微笑む。

 つまり、『咎負い』とはこういう事なのだ。
 『この世』の性質上、如何やっても排除する事が出来ない猛毒を喰らい、それを自身の身体をもってろ過し、『この世』の正常な流れに戻す循環器。
 それはまさしく神聖であり、決して邪悪なのではない。原罪ですらない。それとは全く対極のモノなのだ。

 ―――でも。

「・・・それで何で・・・・・・貴方が死ぬの・・・?」

 青龍がひっかかているのはそれだ。
 『咎負い』の性質は分かった。今までの自分の見解が誤認だったのも理解した。しかし―――

 そこで何故男が死を選ばなければいけないのかがまるで分からなかった。   


「友にな――知られてしまったのだ。」 
 
 風が――吹き込んだ。
 とても悲しい、悲しい風が―――

「あれは野心の強い男でね。自分が神に――帝に成り代わろうと、本気で思っているんだ。そのために・・・この子を利用しようとしている」
 ―――馬鹿な・・・。
 青龍の眉間に皺が寄る。
「・・・なら通報すればいい。謀反を企ててると・・・そう進言すればいい」
「――しよう、とは・・・思ったんだがね。―――如何しても、出来なかったんだ」
 ―――あんな男でも、友なのだ。貶める事は出来ない。
 男はその腕に抱いているキシの寝顔を眺めながら、困ったように笑った。
 でもね。と、男は青龍に微笑む。
「この子は違う。私の煮え切らない良心の為の犠牲になど出来ない。巻き込めない。だから――」
 この子の情報を持っている私が居なくなれば――。


 青龍は何となく、目の前の男の性質というものが分かった気がした。
「貴方は―――大馬鹿なんだね」

 この目の前の男は―――子供だ。大人じゃない。
 だからと言って、完全に子供なわけではない。今まで積み上げてきた経験や、社会に植えつけられた価値観が、それを許さない。
 だから―――揺れるのだ。子供と大人の間を行ったり来たり。
 この問題に突き当たった時、男は大人に振り切れていれば良かったのだ。そのままその振り子を壊してしまえば良かったのだ。
 そうすれば―――

「そうだね。私は――大馬鹿だ。・・・・・・でも―――」

「私は――大馬鹿で良かった。社会的地位や倫理より、友の命を選ぶ事が出来るのだから・・・・・・」

 自害なんて、男は選らばくて良かったのだから・・・・・・。 
 

「青龍――今日君に出遭えたのも、何かの縁かもしれないな」
「そう・・・だね、うん。僕もそう思うよ」
 男はまた笑う。笑いながら青龍にキシを渡す。
 キシはまだ――優しい眠りの中だった。
「この子を――キシをお願いしても良いかな?」
 男の言葉に、青龍は無言で頷く。
 それは――彼から『咎負い』を受け継いだ証だった。

「・・・ねぇ・・・」
「――?何だい、青龍?」
 森から立ち去ろうとする男の背中に、キシを抱いたままの青龍は問いかける。

「貴方の――名前は?」

 男は・・・・・・また、笑った。

「――匡房(まさふさ)。大江匡房」 
 とても、満足そうだった。


†・‡・†


「――以上が、僕ととの出会いだよ」

 青龍が語った過去。赤子のとの出会い。
 誰も・・・暫く何も言えなかった。

「まさか――大江氏が関わっておったとはな・・・」

 そう憐憫に呟いたのは、人間側最年長の信玄だった。
「お館様、大江氏とやららをご存知で?」
「大江氏ってのは毛利氏のご先祖様だよ、旦那」
 幸村が信玄にそう訊ねれば、横に控えていた佐助が代わりに答えた。
 信玄はそれに「うむ」と頷く。

「Wait!!」

 黙って聞いていた政宗が、そう叫びながらその場から勢い良く立ち上がる。
 傍に控えていた小十郎が、何事かと慌てた様子で主人を見上げた。
「大江匡房だぁ・・・?馬鹿言ってンじゃねーぞコラ、ソイツが死んだ頃っつー事は―――

 そりゃアイツが生まれて―――三百年は軽く経ってるって事だぞ!?」

 政宗の叫び声が、城中に響いた―――





目次



[反省会]

 皆様お久しぶりです。やっと二桁(物語的に)行きましたね!
 長いなー、また文章の書き方変わったなー、統一性ないなー・・・・・・etc。


 今回は『とがおい』のネタばらしな話でした。
 本当は『咎負い』だけど、ちゃんは『咎生い』だと思っています。だから自分の役割勘違い。
 如何して勘違いしちゃってるのかはまた今度。

 ―――てか今更ですが、バサラキャラ全く出てないですね!

 オリ要素の比重デカ過ぎてスンマセン(汗。
 あとあのお方出てこなくてスンマセン。