『世界』とは、ある種の生命の形

自我を持ち、感覚を持ち、肉体を持つ

でなければ―――『世界』という枠内に、森羅万象は存在する事は無かった筈だろう


だが・・・・・悲しきかな

人は何時の頃からか・・・『世界』が生命である事を

失念していたのだった――――




其の四・出陣〜第伍等級被害、発生〜




 )は手当てをしてくれた女中から、「信玄に会う際に」と小奇麗な女性用の着物を着るよう勧められるがこれを丁重に断った。代わりに、自分が女である事を他言しないで欲しいと懇願する。
 女中は最初こそ渋ってはいたが理由を訊こうとはせず、暫くした後、少々苦い微笑を浮かべながら首を縦に振った。それを見ては「ありがとう」と一言礼を言い、深々と頭を下げるのだった。
 とはいっても、流石にこんなボロボロの姿で一国の主に目通りさせる訳にもいかないので、女中は一度部屋を出て、一着の茜色の男物の着物を持って部屋に戻って来た。茜色の着物は古着ではあるものの、先程の着物と同じくらい良い品であった。
 は着物を受け取ると、早速着替え始めた。
 ボロボロの着物の下には、全身を梵字のような文字が施してある包帯で埋めつくされた少女の姿があった。女中はその姿を見て何とも切ない気持ちになりながらも、の着付けに手を貸す。
 着付けを終えるとは女中にお辞儀をし、信玄等が待っているという部屋へと一人向かうのだった。


†・†・†


「・・・・御主がか?」
「はい」
 の信玄に対する第一印象はまさに、完成された『威厳』と言えた。
 圧倒的なまでの精度で構成されたその風格・人間性・精神。どれをとってもこの男は浮世において最高位に位置しているだろう。
 それほどまでには、この目の前に居る『武田信玄』という男を評価していた。
 彼の本質には、類稀なカリスマ性もある。だからこそ、幸村はこの男に惚れ込んだのだろう。
 もっとも幸村と信玄の場合は、魂の本質自体が酷似している事が最も大きな理由な訳なのだろうが。


 が畏まって返答すると、信玄は豪快に笑いながら
「畏まらずとも良い良い!儂が無理を言って御主を連れてくるよう申したのだからのう」
 と言って、彼女の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
 が先程感じとっていた威厳とやらは、一体何処へ行ったのやら。
 あまりの激しいギャップに呆然としながらも、は乱れた髪を整える。
「してよ。一つ御主に訊きたい事があるのだが・・・・良いか?」
「はい・・・・じゃなかった。うん」
 が髪を整え終えた頃を見計らって、信玄は肝心の話を進め始めた。

「そうか。では・・・・『虎御前』という名の女人を知っておるか?」

 そして信玄のその突拍子もない問いに、は目を丸くする。
「?あの・・・・・曾我物語に出てくる、遊女?」
 が頭に思い浮かべた『虎御前』とは、富士の裾野の曾我兄弟の仇討ちで有名な曾我物語のヒロインの遊女の名で、兄弟の兄の恋人であった女性だ。『虎』という名を持つ女性は多く存在するが、彼女ほど有名な『虎』という女性はいないだろう。
 まぁともかく、の知人に『虎御前』という名の女性は存在しない。
 質問の内容も珍妙であったが、何故彼にその質問をする必要があったのか。それが気がかりと言えば気がかりだった。
 何か深い考えがあっての事なのか。はたまたこの男の探し人、もしくは知人か何かで、誰にでも同じ事を尋ねるのか。
 どんな理由があってかは知らないが、とは塵ほどにも関係の無い事だった。


「いや、そっちではない。儂の言う虎御前とは、上杉謙信という男の母の名じゃ」
 ますます訳が分からない。
 この男は一体何が言いたいのだろうか。

 ――――丁度、そう思っていた時の事だった。


 ドクン、


「あ」

 ふと、何かが『世界』を汚染し始める音が聞こえた。

 感染源は・・・・此処からそれほど離れていない場所で、どんどんその速度は加速していき、寸分と経たずしてそれは『第伍等級被害』にまで悪化していた。
 これほどまでの高速度での侵食汚染の発覚から『第伍等級被害』への移行。自然現象ではありえない事だ。
 万が一あったとしても、それは何千万分の一の確率。だとすればこれは人的感染原因である可能性が非常に高い。つまりは―――――

 ―――戦だ

 そう判断するのに時間は然程掛からなかった。
 はすぐさま部屋を出ようと襖に手をかける――が、伸ばした左腕は何者かによって掴まれ阻まれてしまった。
 の左腕を掴んでいるのは人物の名は―――猿飛佐助。
「急いでる所悪いけどさ、まだ大将の話終わってn「――邪魔、しないでッ」

 ドゴォオオ――――ンッッ!!!!


†・†・†


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。
 回らない頭で何が如何なったのか考えてみても、一向に分かる気配がしない。
 少し目線を上げれば、部屋に居た大将と旦那が呆けたように自分を眺めている。・・・・・・いや、正確には自分のすぐ隣。

 襖を破壊し、その周辺の大地を抉った巨大な爪跡だ。

 爪跡は形からして猫や虎のそれに近いが、そんな可愛い規模ではなかった。一つ一つの爪の丈が、人の身丈をゆうに超えているのだ。一歩間違えば自分は確実に死んでいた。


 やっとの事で立ち上がってみると、とても妙な感覚に襲われる。
 己が四肢が、震えていたのだ。
 忍びであるはずの自分が、あの年端もいかぬ少年に恐怖していた。これは忍びとして屈辱的なものだ・・・・・が、それ以上に自分はもう此処には居ない少年の事を哀れに感じていた。
 あの時――――、
 真っ白な閃光と共に大地を抉る爪跡が現れる寸前、あの藍紫の少年は泣いていた。
 その透明な涙からは、悲しみしか感じられなかった。
 少年が泣いていると気づいた瞬間、

『御免なさい』

 小さくそう聞こえた気がした。


「伝令―――!!緊急伝令――――ッ!!!」
 佐助が呆然と立ちすくみ考え込んでいると、一人の兵士が慌しく叫びながら信玄達の元に駆け込んで来た。呆然としていた信玄達だったが、そこは数々の武勲を立てた名武将。一瞬にして何時もの己に戻った。
「一体何事だ!」
「そ、双竜が・・・・!伊達政宗とその右眼に上田城は攻め込まれ、城門前広場を占拠させました!!」
「馬鹿な、たった二人でだと!?何故侵攻に気づかなかった!!」
「申し訳有りません!ですが・・・少々妙でして・・・・」
 兵士の言い回しに何か引っかかる三人。
「構わん!早急に申してみよ」
「は!それが・・・一体何処から侵入してきたのかが全く不明なのです。警備の者達も通常通り役目に徹しておりました。抜け穴など無い筈なのです。
 それから行動も不審です。行動不能にするなどして拠点の機能を奪っただけで、あとはただひたすらに広場を目指して直進。決して軽い負傷者だけではないのですが、死者は今の所皆無です」
「な!死者がおらぬだと・・・!?」
 兵士の報告に、ありえない、と驚愕する幸村。
 自分の気持ちの整理で手一杯なのか、兵士はそんな事にも気づかずに報告を進める。
「またそのどちらもが『今我等と戦をするつもりはない。武田信玄に会わせろ』と申しております」
「何それ・・・・。『戦するつもりない』ってさー、近々する予定だったのに?マジで??一体如何しちゃったんだろうねぇ、独眼竜の旦那」
 普通、こんな派手な敵の本拠地侵攻に兵を全く連れてこなかったり、ましてや立ち止まったりなどしない。しかも敵はトドメを刺すのが定石だ。もし報告の通りそんな事をすれば、勝てる戦も負け戦になってしまう。だからこそ佐助はそんな奇行に走った政宗の気を疑った。
 それ以前に、あと二ヶ月後くらいには戦する予定だったのだ。
「それから・・・・」
「まだあるのか」
 呆れたように信玄が呟く。
「はい。それかまたら妙なことを大声で叫び出しまして・・・・・」
「む、儂に目通りたい以外に何をほざいたのだあの小僧は?」
「はい。確か・・・・・親方様に目通りできないのなら―――

 『先に藍紫の子供に会わせろ』、と」





目次



[反省会]

な、ながひ・・・・・・(ぶしゅー。
お館様の口調分からない・・・・・ってゆうか内容突っ込みすぎた!?
専門用語?っぽいの出てきましたが、も少し話が進んだらちゃんとご説明しますので、今暫くお待ち下さい。


謙信様のお母さんの名前は虎御前さんですが、このお話に出てきた曾我物語の虎御前さんとは全くの別人です。
当時は虎という名前は女性の名前としてよく使われていたそうですよ。
ちなみに自分はウィキで調べただけなので曾我物語を全く知りません(それでよく使えたな。
内容が気になるという方は一度調べてみては?

てかそもそも・・・戦国時代にすでにその話は出来上がってたんだろうか・・・ってないな(汗。



(最新加筆修正:08.9.9)